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2017.08.15 Tuesday
戦後

こんばんは、第七警察です。

 

 

 

重苦しい(?)タイトルですが、やはり日本人として

8月15日は重く受け止め...なければならない、とは思いませんが何か思うところがある1日でなければならないかなと思う次第です。

 

 

 

 

この日誌を書く前にヤフー検索で“戦後”という単語を打ち込んだところ、

予測変換で“戦後 何年”と出てきました。

戦争が風化してきているんだな、と実感しましたね...。

ちなみに私は終戦の西暦くらいはわかります、

1945年8月15日。

恥ずかしながら暗算できませんでした(オイ!)が、今年で戦後72年ということになります。

 

 

 

 

 

なんだかごもっともなことを言いたげな前振りですが、当然ながら私も戦後生まれ。

生生しい体験など語れない身分ですが、それでも祖父母の戦争体験や母のルーツを知るからには私もかろうじて、わずかながらも“戦争”を引きずっている世代なのでしょう。

 

 

 

 

 

小学生のころ、祖母によく聞かされた富山大空襲の話。

この石川県でも倶梨伽羅峠の向こうの空が真っ赤に燃え上がっているのが見え、「次は石川だ。」と恐怖におののきながら非難したという話。

 

 

 

 

 

あまり、というかほとんどそういった話をしませんでしたが祖父は満州戦線で戦っていた話。

(祖母に戦地から送られた葉書を2枚ほど見せられた記憶があります。)

 

 

 

 

 

そして、私の母親は中国大陸で終戦直前に生まれ、その名に出生地名の一文字を冠しています。

 

 

 

 

 

 

戦争の恐怖を実の言葉で生々しく垣間知ることができたことは貴重なことなのかもしれません。(祖母は既に他界しています。)

とはいえ、母親の名前については否応なしに“戦争”を想起せざるを得ませんし、母方の祖父母は酷な名前をつけたものです。

 

 

 

 

 

 

戦後も72年経過し、そういった戦時体験を今に伝える語り部も少なくなってきていることはずいぶん前から言われていることですが、メディアやネットからの“知識”としての情報だけでは、伝わりきらないものがあるような気がします。

映画化されることなどない身近な戦争体験がやはり脈々と受け継がれていくものではないでしょうか。

 

 

 

 

 

自分も含めて、ですが

戦後、それも昭和後期生まれ、はては平成生まれともなればもう「戦争なんて本当にあったの?」「どこ(の国)と戦争したの?」という笑い話に近い話が聞かれるようですが...いま私たちの世代が、この時代が在るのもあの悲惨な大戦を耐えしのいで生き延び、国を再建した人がいるからこそだと思うことはできないものでしょうか。

(そうはなっていないから戦争の事実が空虚になってきているのでしょうが。)

 

 

 

 

 

 

 

私の母親は終戦間際に中国で生を受けたわけですが、

もし、大陸からの引き上げの際に祖父母共々命を落としていたら...

今の私はこの世にいないわけです。

 

 

 

 

 

 

 

それを考えればなおのこと

“私たちは先人たちによって、いま生かされている”

と思えてなりません。

 

 

 

 

 

72年前の戦争が記憶から消され、無かったことになってしまうことが

また悲しいことで、そうあってはならないと思う今日の日です。

 

 

 

 

| 第七警察 | 捜査日誌 | 20:15 | comments(0) | trackbacks(0) |
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